arrow-scroll external-link facebook facebook 青空木材 mail

LOADING

JOURNALササキズム

2017.06.19

私の原点

今年の4月から 月に一回だけだが
東開事業所へ行き スタッフと共に 木材加工やピッキング作業をしている
そして6月14日水曜日も午後だけだったが 作業着に着替え東開事業所へ向かった

配送スタッフが一人私用で休んでいた為 会社全体も忙しくしていた
久しぶりにフォークリフトに乗り 2t車に材料を積んで
青空木材 スタート地点の 山田町切り込み場へ向かった

片道約20分の時間だったが
2t車から眺める 見晴らしのいい景色
トラックならではのマニュアル車のギアチェンジとエンジン音
スピーカーから聞こえてくる FMラジオの音楽
窓を開けて走ると 夏前の夕方を感じさせる涼しい風
それら全てを体全体で感じ そしてどことなく懐かしさを感じていた

山田町切り込み場に到着すると
ラッシング(荷物を固定するベルト)を外し
トラックのアオリを切り フォークリフトで材料を降ろす
降ろす場所は切り込みに来ていた棟梁に細かく指示してもらう
汗が止まらない しかし全く気にならない
棟梁と少し時間世間話をして 再びトラックで東開事業所へ帰る

混んでいる中山バイパスを下りながら 思った事は 『これが私の原点だ』という事だった
3年前までは注文をいただき ノートに写し 材料を仕入れて
伝票をおこし 1本1本自分の手で 現場へ届けた
降ろし終わるとお客様の顔を見ながらお礼を言う
そのお礼に対してお客様がお礼を言い返してくれる
気持ちが良くなりそのまま次の現場へ走る

何事も原点は必ずある
重要なコトは その原点を常に胸の中に秘めいてる事だ
あの時再び 原点 を感じたという事は どういう事なのか
じっくり考える必要がある

写真は2012年2月14日
鹿児島市公社ビル16階現場の配達に手伝いに来てくれた
長男:青空

2017.05.30

立場が人を育てる

鹿児島市立中山小学校のPTA役員として
副会長を1年間 会長を2年間 務めさせて頂いた

3年前お話を頂いたとき 「自分には無理だ!」と当たり前に考えた
その時相談した ある会社の社長から頂いた言葉が『立場が人を育てる』だった

選んでくれた事に感謝し 期待を裏切らず
下向きに一生懸命務めていけば 最終的にはあなた自身が育つ
そう言われた

児童数1330名をほこる中山小学校(当時全国第4位)で
活動させてもらった三年間を振り返ると 大勢の人前で話す事や 言葉の伝え方
子供達へ対する各先生方(教育者)からの想いなど たくさんの事を学ばせていただいた
この立場を与えてくれた 山畑前会長にとても感謝している

今年度は PTAの役をはずれ 地域の町内会長を務める事にした
あの時いただいた 『立場が人を育てる』という言葉
常に私の胸の中にあり そして一生を通し感じ考える言葉になる事を確信した
三年間であった

2017.03.18

加工部との2年間

木材加工部を立ち上げ 2年が過ぎた
加工部スタッフ 吉田 と 井手篭
二人との出会いをスタートに 青空木材加工部 は歩んできた

丁寧な仕事を行い 職人さんに認められ
そして 住まい手の方々まで届く仕事

加工部スタッフは モノづくり
私は 価値つくり
お互いの仕事を こう決めた

写真の機械は 2年前
名古屋からトレーラーで鹿児島まで運ばれてきた 8軸モルダー
予算がなく中古ではあったが

まずは鹿児島の木材加工で一番になる!
僕らが最初に約束した言葉だった

これから道のりは長いが 共に歩んでいきたい

 

2017.02.19

初ササキズム 私の志

青空木材も創業7年目を迎え ホームページをリニューアルする事にした
『青空ブログ』という名でスタッフブログを設けた。と同時に
私専用のJOURNAL(ジャーナル)と形で『 ササキズム 』というものを始める
私の体験やいただいた言葉を通し 想い、感じた事を文字に残していく事にする

さて初めての ササキズム は
現在私の部屋に飾ってある 『 青空木材 』 のロゴシールについてのはなし

2010年9月1日 よりスタートした青空木材
創業間もなく購入した中古トラックは 2トン車 いすゞ エルフ 75万円 既に30万キロ走っていた
私が2年 配送ドライバー水口が1年 最後は知り合いに譲る事になったが 50万キロを超えていた
当時は何度もトラックに寝泊まりし 注文いただいた材料を運んでいた
家族より一緒にいる時間が多かったトラックの ドア部分に貼っていたものが写真のステッカーである
最後トラックを譲る際に とても名残惜しくなり途中片面だけのステッカーを剥ぎ取り額に飾っている
今想えばこれは私が独立し会社を起し家族を食べさせていくと決めた  そのものである

その時は気づかずとも 振り返ると見えてくる 大切にしていたモノ
それこそが 今一番大切にしなければならないものだったりする事が多い
6年が過ぎ 会社の規模も変わり 私の経営者としての立ち位置も大きく変わった
しかし 今もなお変わらない たぎる想い これだけは死ぬまで持ち続けていく